わらび座オンラインショップ

2015年7月17日金曜日

おまつの部屋パート15

ど〜も〜♪


2連休いただきました〜☆☆その2だんす♪


「秋田県立美術館」へ行ってきました〜!!

8/30初日の「ミュージカル 政吉とフジタ」の為です。

1つの絵からインスピレーションをもらい、振付する、そんな挑戦もあるようで………。


私、高校で美術部でした!
ピカソの展覧会、山田かまちの展覧会、たしか、ゴッホの展覧会も行った事あったかも…。

藤田嗣治は『秋田の行事』が知られてますが、3年前に現在の県立美術館に引っ越すドキュメンタリーを見た気がします。


絵をじっと見る…。

好きです。この時間。


選りすぐりの絵が数点、額もそのままに飾られている。
描いた男がいて、それを守った男がいて、それが生まれた秋田の空気がある。

真実がどうかは分からないですが、あの「秋田の行事は秋田が創った絵」 だと思います。


解説文も読みます。


為三さんは昭和20年
4月の空襲で作品がほぼ全て焼失します。

フジタは昭和20年
4月の空襲で麹町のアトリエを焼失します。


そうです。この二人は、あの空襲で「東京」という場所に生きていたのです。
そして、「東京大空襲」といわれる、3月の大空襲ではなく、そこから1か月経った4月、自分の作品と共に空襲に合うのです。


「為三さん!」舞台中にその場面があります。

赤い布をパタパタとさせ、その後は音符が飛び散る…。それからなぜか、バレエステップが…………。

稽古中に、こんな言葉が聞こえた。

「戦争なんて、シュールなものだ」

「戦争なんて…」


音符を操りながら為三さんの目の前を横切る瞬間、お客さんには背中しか見えないのですが、私からは、「わが子のような作品を亡くし愕然とする」そんな為三さんの姿が見えるのです。


フジタは、どんな姿だったか…。思い馳せる…。



二人とも、あの時代に、お腹がふくれるでもない芸術に、生きた。

いつの時代も芸術はお腹が一杯にならない。

なぜ、それでも芸術に生きたのか…。


私の仕事も数十年後「なぜそれでも…」と言われるのだろうか…。

「それでも、やっぱり…」と言われるのだろうか…。



為三さん!再開しました。
今日もまた、為三さん!の世界と出会う。



是非是非わらび劇場に来てください〜。



そして、お知らせです♪♪

8/1(土) 為三さん!終演後「トークショー☆☆☆」
開催します!!


秋田屋の設定で、トークしちゃいます!
お客にはどなたが来店するか、お楽しみに(^-^)v

お待ちしてます(≧ω≦)b

秋田屋の女将おまつこと、高田綾でした♪