わらび座オンラインショップ

2010年7月9日金曜日

花伝書より

たまには、真面目な話を。

世阿弥の書いた「風姿花伝」の「年来稽古条々」の「十七八より」の項に、こんな言葉があります。


「生涯にかけて能を捨てぬより外は  稽古あるべからず
   ここにて捨つれば  そのまま能は止まるべし」

わが生涯にかけて芸を捨てぬ以外には、稽古の方法はない。
ここで捨てれば、そのまま芸は終わってしまうだろう。
・・・というような意味です。

十代前半の、何をやっても愛らしく華やかな時期(義満と出逢った頃の世阿弥のような)を過ぎ、
体つきも変わり、声変わりを経て今まで通りのやり方が通用しなくなる17,8歳の時期。
たとえ指さされて他人に笑われても、意志の力を奮い立たせて、
一生の分かれ目はここだと、日々の稽古を怠らないように。

17歳はとうの昔に走り去っていきましたが、
今になって、やればやるほど、ずしーんと重くのしかかってくる言葉です。

誰にでも新人時代はあるわけで・・・
フレッシュで、若さの華があって、失敗してもかまわないから体当たりでやれと言われ・・・
(本人はいっぱいいっぱいですけどね)

でもその時代もあっという間に終わり、
その後はただひたすら「人の心を打つ何か」を追い求めていく芸の修行の日々が続くばかり・・・
失敗するわけにもいかず、プライドも芽生え、鼻をへし折らなきゃいけない時もあり、
他人と比べられ、自分自身も誰かを比較し、停滞もし、後退することもあり、
その中で成長の根拠となるのは日々の稽古だけなんでしょうね。
一生の分かれ目って、毎日がそうだし。

ずぅーっとこの言葉は一緒についてくる、いや、待ち伏せしてるのかも。

たぶん、あらゆる仕事にも置き換えられますね。
生きることにも。

そんな話でした。