さて、先日、芭蕉自筆の手紙が見つかり、
芭蕉研究者の間で話題になっているそう。

これは、山形の山寺芭蕉記念館が調べたもので、
「おくのほそ道」出発の2ヶ月前までは、
曾良ではなく、路通、という門弟が同行する予定だったそう。しかし、
この路通がどういう訳か上方に行ってしまって、
芭蕉がショックで涙を流した、と言う内容とのこと。
曾良はピンチヒッター?だったわけですね。
路通がもし同行していたら、「おくのほそ道」は違った内容になっていたでしょう。
*いや、曾良だったから旅が無事出来たんだ、と主張する研究者もいまして、
私もそれには同感ですね、はっは。